ビートルズ・ブートレッグ55年目の真実

Stories 6  (ストーリーズ 6)   

How did "CBM" get its start? (CBMはいかにして誕生したか?)

Stories 6-16         セクション 17  Good deal with "TMOQ"        (CBMとTMOQのビジネス関係)


 セクション1 からセクション11 までは「Shea The Good Old Days」という謎めいた1枚のブートレッグとそれに関係するレコードの詳細を検証してきた。

 セクション12 以降は(少なくとも一般に)認知されてきた初期のCBMのアルバムについてと、CBMが利用したプラントの情報などから、その活動してきた時期が従来の情報とは異なっているという疑問を提示してきた。

 ここで今一度「Shea The Good Old Days」に戻りたい。このブートレッグのカバーに印刷された「Contra-band Music」と後の東海岸で活躍するCBMとが結びつくならば、西海岸のブートレッガーとCBMとが繋がっていたはずである。

 どの程度CBMは西海岸のブートレッガーとつながっていたのか? このセクションでは、1973年ごろのTMOQのK氏とCBMのつながりによって制作されたブートレッグについてリストしていくのだが、以前よりコレクターの間では当然のこととしてこの話はあがっていた。なぜならばTMOQとCBMのブートレッグにマトリックスの一致が存在するからだ。さらにTMOQ盤からCBMのレーベルが貼られたケースも多数見つかっているのである。

 そして当初、私はそこの両者の繋がりから、今回の最大のテーマはそこから解けていくと狙いをつけた。

 しかし結論から申し上げると、TMOQのK氏はCBMの初期始動とは関係がなかった、彼らの関係性はすべて1973年以降であった。

 ただ、CBMの1972年以前の西海岸とのつながりという相関図からK氏の名が外れたことにより、キー・パーソンは限られていく。この件は、このセクションの終わりで再度触れたい。


CBMとK氏とのパートナー・シップによって制作されたブートレッグ

 すでにlivedoor-Blogにリストしているタイトルもあるのだが、明らかに東海岸のCBMと西海岸のK氏は1973年ごろ、よい取引関係にあった。最もビジネス的な成功を収めたタイトルは「On Stage In Japan」と「TOKYO – SIXTY SIX」であっただろう。

「On Stage In Japan The 1966 Tour」と「TOKYO - SIXTY SIX」

←写真 

上段は「On Stage In Japan The 1966 Tour」(TAKRL 1900 , 未リスト)

下段はCBMによる「TOKYO - SIXTY SIX」

同一のスタンパー

Japan 1900 - A/B」でプレスされている

詳細→(TSS1 TSS2  TSS3/4  TSS5  TSS6 TSS7 TSS8 TSS9  TSS10 ~)


James Paul McCartney」及び、「Supertracks」と「supertracks 2」

↓写真 James Paul McCartney:上段2枚は Smokin’ Pig  (K氏) によるプレス、下段2枚はCBMによるプレス。詳細は livedoor‐Blog リンク参照 → Smokin' Pig:JP01 JP02 JP03  JP10   CBM:JP04  JP05  JP06    共通するスタンパーは「1882- A/B RE

↑写真 左:K氏による「Supertracks (HHCER 102)」(SUP12  ~  SUP17 / SUP19)  右:CBMによる「supertracks 2」(SUP09  SUP10  SUP11 ) 共通するスタンパーは「TB 1018 -A/B」


Rolling Stones 「Cutty Shark Or Eat 'Em Alive!!(HHCER 104)」と「ANGIE(CBM)」


Elton John  「LIVE!(CBM)」と「APPLE PIE(HHCER 105)」

←写真

上段:K氏による「Rolling Stones / Cutty Shark Or Eat 'Em Alive!!」(HHCER 104)

下段:CBMによる「ANGIE

共通するスタンパーは「RS 1014-A/B」

←写真 

上段:CBMによる「Elton John / LIVE!」

下段:K氏による「APPLE PIE」(HHCER 105)

共通のスタンパーは「EJ 1012 A/B」、ここには1972年11月にバージニア州ノーフォークで行われたコンサートと1973年9月にカリフォルニア州のハリウッド・ボウルで行われたコンサートのライブ・レコーディングが収録されている。

 2024年に発売された「Stories Of A Bootlegger Book」の中に登場するEloton Johnのブートレッグがこれであろう。それによると西海岸からはK氏とVicky Vinyl、東海岸からはCBMとマーティなる人物が制作に参加したらしい。

←写真:「Supertracks」のようにオリジナルマトリックスがスクラッチド・アウトされ105-A/Bが書き加えられたプレスもある。


THE WHO 「JAGUAR(Smokin’ Pig)」

↑写真  Smokin’ Pig による「The Who / Jaguar」(2812‐A/B/C/D) だが、 Side A/B に CBM のレーベルが使用されている。


Jethro Tull  「Supercharged(Smokin' Pig )」

↑写真 こちらもSmokin’ Pigによる「Jethro Tull / Supercharged」(2814‐A/B/C/D) 。 ここでは Side A/B に Smokin'Pig  のレーベル、Side C/D に CBMレーベルが使用されたのだが、CBMのレーベルは「y 1  /  z  2」というサイド表示のレア・レーベル。


Rolling Stones 「Stone Relics(Smokin' Pig )」

←写真 

Rolling Stones / Stone Relics

上段:ファースト・プレスはバックにTMOQのシールと曲目がプリントされたステッカー、レコードはカラーのプレス。


中段:Smokin’ Pigレーベルによるリプレスでは、Side Bのみ新しいスタンパーとなった。




下段:こちらもK氏によるリプレスで、スタンパーは中段のタイプと変わらないが、1973年のCBM仕様を真似てある。

フォルダー・タイプの簡易カバーにスリック、そしてディスク・レーベルはCBMのものを使用している。


 このようにCBMとK氏との間には、かなりの交流があったと感じさせる。しかし、彼らの間で取引がこれだけ盛んに行われた理由は、どうもWizardoという仲介役がいたからのようなのだ。

 2024年に発売された「Stories Of A Bootlegger Book」の中で、WizardoがTMOQのK氏に、はじめてCBMのブートレッグを見せた時のことが語られている。Wizardoはこの中で確かに「K氏はローリング・ストーンズ1972年のツアー・アルバムに興味を示した」と言っている。そしてK氏は「コピー盤の制作も考えたようだが、音質の悪さから断念した」と書かれてある。そのRolling Stonesのライブ・ブートレッグとは1972年のツアーという点から判断し、「Goin' Back To The Roots American Tour - July 1972」であることに間違いないであろう。

↑写真 Rolling Stones / 'GOIN' BACK TO ROOTS'  はCBMによるポピュラーなブートレッグ、1972年7月5日のバージニア州ノーフォークでのコンサートが収録してある。マトリックスには「Catch Me If You Can」など挑発的な文言が書かれていたりするなど、数多くのバリエーションがあることはコレクターの間ではよく知られたことであるが、オリジナル・マトリックスはスクラッチド・アウトされているケースが多い。しかし、完全にスクラッチド・アウトされていないタイプのマトリックスを確認すると(写真上)、RIで始まる「RI 3508 A1/B1」が確認できる。写真下のミュージック・ライフ誌広告から考えると、「RI-3508」は1972年8月頃のリリースであると判断できる。ナンバーの近い、セクション14 の RI-⑤ 「RI-3471」において1972年8月初旬から中旬と解析した事実とほぼ合致する。

←写真 中央上段には1972年9月号のミュージック・ライフに掲載された広告、新宿にあった有名なレコード・ショップである。ここでは「Live In USA. July 1972」とタイトルされているが、中央下段の同誌10月号の同じショップの広告には、確かに「Going Back To Roots」のタイトルに修正されている。

 この事実は大変重要なポイントと言えるだろう。実は、前述の本の中でWizardoは「1972年頃、Wizardoが東海岸からCBMのブートレッグを仕入れることできるようになり、スワップ・ミートで取り扱うブートレッグの種類がぐっと増えた」と語っており、そのCBMのブートレッグを取り引きに使えないかと考え、西海岸での仕入れ先であったK氏にそれらCBMのブートレッグを見せたという前段があるのだ。そして「Goin' Back To The Roots American Tour - July 1972」の発売が1972年8月だったことから考えると、K氏とWizardoのやり取りは1972年後半であったと言えるだろう。

 またこの時の、K氏のリアクションから考えると、この時点でK氏はCBMのブートを手に入れていなかったことは間違いない。となると1972年まではK氏はCBMと取引は無く、1972年後半にWizardoとのやり取りがきっかけになって、1973年以降のK氏とCBMの関係が始まったということになる。むしろ、Wizardoが積極的にK氏にCBMを紹介し、つなぎ役となったと考えられるのである。

 では、そもそも、なぜWizardoは1972年頃よりCBMのブートレッグを仕入れ、スワップ・ミートで売ることができたのか?

 2024年の本の中にはこうある「この頃、私と、ラリーはノーフォークのCBMの住所を教えてもらった」と。

 つまり、ある人物がWizardoにCBMを紹介したのである。その人物こそが西海岸で、1972年以前に東海岸のCBMを知り、取引をしていた可能性がある。そしてその人物と「Get Back To Toronto」や「Shea The Good Old Days」が関係してくるのではないだろうか?


    

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                       (他にも見つかったミメオグラフ印刷のブートレッグ )


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